連載#15 SNSが生み出した幻想コミュニティの葡萄と、脱出ツールとしての一次情報。

先日、日本において長らく政権与党を担ってきている自由民主党(以下、自民党)の新総裁が決まった。
今回の自民党総裁戦における興味深い現象とそこから得られた学び、そしてこの現代社会を生きる僕たちが注意しておかなければならない一種の警告のようなものについて、ここに残しておきたい。

今回の自民党総裁戦を見ていて感じた現象は、世の中が見えない境界線によって知らず知らずのうちに分断されているということだ。
現在の世の中に存在する分断にはさまざまな原因が存在する。
ただ、ここでは、今回のケースをもとに、SNSによってもたらされる見えない分断について言及したい。
(SNSのアルゴリズムによって個別最適化されたコンテンツがもたらす悪影響については、以下の記事でも言及している。)

目次

SNSによる見えない分断

SNSがもたらす影響は、さまざまな場所で議論がされている。
ここでは、SNS特有の性質がもたらす、以下2点の現象について言及したい。

  1. アルゴリズムによる高度な個別最適化
  2. 拡散性によって生み出される幻想

1. アルゴリズムによる高度な個別最適化

以前別の記事でも言及したように、SNSにおけるコンテンツは、世界最高峰の技術の結晶であるアルゴリズムの手によって、非常に高度な水準で個別最適化されている。
具体的にいうと、SNSのコンテンツは各ユーザーの趣味, 嗜好に合わせて、ユーザーごとに最適なコンテンツのみを表示するように個別最適化されている。
YouTubeやInstagramをひらけば、自分が過去に見たコンテンツと近しいものや、まだ見たことはないが非常に興味のあるコンテンツがリコメンドされる。
僕たちはこのそのような状況を毎日目にしているために、この異常さに対して、全く違和感を抱かなくなってしまっている。

しかし、友人や他人のSNS画面を見せてもらうと、同じアプリケーションでも自分が普段見ているコンテンツとは全く異なるものばかりが表示されていることに気がつくだろう。
それほどまでに、SNSは非常に高度なアルゴリズムによって完璧に個別最適化がされているのだ。



さて、問題はここからだ。
この個別最適化されたSNSによって、僕たちの思考や行動は多くの影響を受けているわけであるが、ここでは、その中でも”SNSが複数の小さな集団を生み出していること”に言及したい。

小さな集団と言われただけでは、ピンとこない人も多いだろう。
しかし、社会が複数の小集団に分断されていることは、データに基づいた調査からも明らかになっている。
実際にアメリカで実施されたとある大規模な調査では、幅広い分野の様々な問題に対するアメリカ人の見方が、葡萄の房のように孤立した集団を形成していることを明らかにした。*1
(僕は『絶望を希望に明ける経済学』*2 を読んでいてこの論文に言及した一説に出会った。)

つまり、世の中には多様な意見や価値観が存在しているが、一方でそれぞれの価値観は小さな集団として分断されているのだ。
本来、多様な価値観が存在することはごく自然であり、またその状態こそが健全であると考えられる。
しかしここで問題なのは、その多様な価値観が集団として個々にまとまってしまっており、他の集団とはある種の対立関係になってしまっていることだ。

具体的な事例を挙げてみるとこの現象がよく理解できる。
例えば、アメリカの大統領選挙において、アメリカ人の様々な問題(特に移民や不平等、貧困問題など)に対する考え方が、大きく分断されていると感じる人は多いだろう。

この分断の原因としては様々な要素が挙げられるが、その中でも小さくない影響力を持っているのが、SNSだ。
繰り返しになるが、SNSは高度なアルゴリズムを持ってユーザーにとって好ましい情報を厳選してリコメンドする。
つまり裏を返せば、ユーザーが好まない情報はリコメンドされないのだ。

世の中には多様な価値観が存在しており、自分と全く同じ価値観を持っている人はごく少数であるというのは、誰にとってもほぼ疑いようがない事実だ。
しかし、SNSによって自分に最適化された世界に生きていると、あたかも周りは自分と同じ価値観を持ち合わせており、自分はマジョリティーであり、正義であると勘違いしてしまう。

結果、自分と異なる価値観を唱えている人を現実世界で目の当たりにした際に、強い拒否反応と排除の意識が働くのだ。

個別最適化された情報に包まれた世界は、便利で心地よいユートピアであると勘違いしてしまいがちだ。
しかし、実際には自分と異なる価値観が隅々まで排除され、多様性が欠如したディストピアなのかもしれない。

2. 拡散性によって生み出される幻想

SNSは、それ特有の拡散性という性質によっても、人々の分断を加速する。

SNSといえば”バズる”という言葉の通り、各コンテンツが大きく拡散されやすい仕組みになっている。
自分のコンテンツがバズった時は誰だって少なからず嬉しいと感じるだろう。
ただ、このバズに対して、改めて僕たちはその真価を考える必要がある。

なぜならば、バズっているのはあくまで凡庸なコンテンツの一つに過ぎないからだ。
SNSでは、あらゆる人が自分のその時の感想をぼやき、コンテンツという格好のいいラベルをつけて発信している。
しかし、ある時その”凡庸なコンテンツ”が何かの拍子にバズってしまうと、あたかもそのコンテンツ自体に大きな影響力や権威があるような錯覚を生み出してしまう。
エビデンスも深い洞察もないが、言葉の使い方やタイミングが妙にうまく重なってバズることがほとんどだが、そのようなコンテンツも、まるで民意を代表した意見のような顔をして大きな存在感を持つことになる。

また、上述したように、自分に個別最適化され小さな小集団複数作り出しているSNS上では、小さな集団の中だけでバズっているただの小さな現象が、あたかも世の中全体に広がっている社会全体の動きであるという幻想を生み出してしまうこともある。
これは、ある田舎の学校で一時的に流行ったギャグが、日本中、世界中で流行っていると錯覚しているのと同じようなことだ。
(実際に、SNS上で就活生の界隈のみで定期的にバズっている就職人気企業ランキングは、少しでも有名な会社の内定が欲しい就活生の自己肯定感を高める以外にはなんの意味もない。しかし、その企業に就職すること自体が、社会全体におけるステータスであると錯覚させる。)

毎日バズっているコンテンツをタイムラインで眺め、自分のコンテンツが大なり小なり他ユーザーからの反応を得られた時に興奮をする。
そんなよくある風景は、俯瞰して見れば、BigTech企業が生み出したアルゴリズムによる分断によって、小さな葡萄の房の中に閉じ込められ、彼らの広告収益を上げるための養分になっているだけにすぎない。

葡萄から抜け出すための一次情報

ここまでの内容で、SNSによって僕たちは気づかないうちに分断されていることを確認してきた。
念の為言及しておくが、僕はSNSを批判し抹消したいわけでは決してない。
というよりも、今やインターネットの主役として君臨しているSNSと、この社会の分断における関係性を構造化したいと思い、本記事を投稿している。

ただ、ここまでの中でSNSによる分断の悲観のみを行なってきたため、最後に、このSNSの分断の罠から脱却していく方法について、個人的な意見を述べておきたい。

その鍵となるのは、紛れもなく”一次情報”だ。

一次情報とは、現場や当事者から直接得られる情報だ。
例えば、先のアメリカ大統領選の話でいえば、SNSで移民問題や格差問題に対するつぶやきを見るのではなく、実際の移民や貧困に苦しんでいる人、またその支援をしている人から直接話を聞くこと。
就活に関していえば、自分が気になる企業でインターンをしたり、OB訪問をしたりすること。
これが一次情報を得るということだ。

一次情報を得るには手間と時間が非常にかかる。
しかし、アルゴリズムによって加工された情報や拡散性によって生み出された幻想を眺めているくらいであれば、時間をかけて一つの一次情報を取りに行くことのほうがよっぽど価値がある。

また、どうしても一次情報を取りにくことが難しい場合には、自分の得ている情報が偏っていないかを常に批判的に客観視しながら、一定の信頼できるメディアから情報を得ることが好ましい。
ただし、メディアは全て必ず何がしかの人間や組織の意図が反映されていることを忘れてはいけない。
そのため、複数のメディアから同じ事象の情報を仕入れ多角的に情報を精査することが大切だ。
また、査読つきの論文などから情報を得ることも、パワーはかかるが非常に重要な手法だと言える。

現在の情報化社会は、スマホ一つで手軽に入手できる情報が多くなったため、非常に便利になったように感じることが多い。また、そのような状況下にあるが故に、情報を得るのに少しパワーのかかる本や論文、当事者へのインタビューなどといった手法は、不便であり、ネットで情報を得るよりも劣った情報収集法であると誤解する人が少なくない。

しかし、現実はそうではない。
むしろ、上述したような幻想や加工された情報によって、この情報化社会には膨大な量のノイズが発生しているのだ。
これまでは飲み屋の愚痴や、道端のぼやきとしてしかこの世に現れていなかった情報?(情報ともいえないような個人の凡庸なコンテンツ)が、あたかも権威や影響力のある情報のような顔をして、そこらじゅうを徘徊している。

僕たちはそのことをよく認識した上で、情報を精査していくことが極めて重要だ。
情報のために僕たちがいるのではなく、僕たちが正しく生きるために情報があることを取り違えてはならない。

注釈

*1 Stephen Hawkins, Daniel Yudkin, Míriam Juan-Torres, and Tim Dixon, Hidden Tribes: A Study of America’s Polarized Landscape, More in Common, 2018.

*2 『絶望を希望に変える経済学』(https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/2020/9784532358532/

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