回転寿司

昨晩、久しぶりに回転寿司に行った。
海の幸が豊富な北海道に住んでからというものの、全国チェーンのいわゆるTHE・回転寿司屋さんにはあまり行く機会がなく、道内に特化した少しだけお値段高めのお寿司屋さんに行くことが多くなっていた。

それゆえに、幼い頃、地元で家族とよく行っていたような全国チェーンの回転寿司屋さんに行くのは、ずいぶん久しぶりだった気がする。



久しぶりに訪れた店内は、当時とはずいぶん様子が変わっていた。
タッチパネルで来店受付をして、電子音の声が座席を案内してくれる。
席につくと、注文はタブレットで行う。
頼んだお寿司はベルトコンベアに乗り、高速でピンポイントに自分の席まで運ばれてくる。

なんといっても驚いたのは、お寿司が回転していないこと。
昔から慣れ親しんだあのお寿司の行列は全て姿を消し、代わりに高速のベルトコンベアが、粛々とお寿司を運んでいた。
もはや「回転寿司」という概念が終わりを告げたようだ。

ずいぶんんと様変わりして、便利になった店内に、感動した。
と同時に、気づけば、幼い頃、両親に連れてきてもらった当時のことを思い出していた。


当時の注文方法はインターホンだった。
席についているインターホンのボタンを押し、十数秒ほど待つと店員の返答が来る。
ラミネート加工されたメニュー表から欲しいネタを読み上げて注文する。
店員の声が聞きづらかったり、こちら側の注文がしっかり届いていなかったこともよくあった。

もちろん寿司は大行列を作って店内を悠々と回遊していたし、店内には受付番号を呼び出すアナウンスが常に響いていた。


懐かしいな。


ピカピカの店内を見渡しながら、そう思うと同時に、ふと
「そういえば、当たり前だけど、当時は代金は親が全て払ってくれていたな。」
と思った。


僕は、男三人兄弟の真ん中に生まれた。
家族でお寿司屋さんに行く時は、基本家族5人みんな揃って行っていた。

一皿100円ほどの回転寿司だが、食べ盛りの男三人兄弟が、お腹が膨れるまでお寿司を食べれば、一人10皿は食べるのが普通だった。
きっとお会計は、毎回5,000~6,000円ほどになっていたと思う。

ふと、そんなことを思い出していたら、じわじわと込み上げてくるものがあった。

なんてありがたいことなんだろう。
家族みんなでお寿司を食べに行くことができたこと。
お腹いっぱいまで好きなお寿司を食べさせてもらえたこと。
毎回、我慢せずに好きなだけ食べなさいといってくれていたこと。

そのどれもが本当にありがたいことだったと、今振り返って、心の底からそう思う。



なぜこの歳になるまでそう感じることがなかったのか。
いや、これまでも親から与えてもらった愛情に対して感謝をすることは、少なくなかった。

ただ、今あらためてそのありがたさに感謝をしているのは、きっと自分の状況が大きく変わったからだ。

以前までは会社勤めをしていて、一定の安定した収入を得ることができていた。
それゆえに、外食をしてもあまりその出費に対して、気にかけることは少なかった気がする。

一方で、会社を辞め、起業を始めたばかりの今は、正直金銭的な余裕はない。
食事だけでなく、あらゆる瞬間に出費を気にする。

そんな自分の境遇が、環境が変わった今、自分がこれまでどれだけ恵まれて、ありがたい環境で生きてきたのか、
親が自分にどれだけ愛情をかけて育ててくれたのかを痛感した。




本質は、どこのレストランで、いくらの食事を食べさせてくれたとか、そういうことではない。
自分が、我慢せず好きなものを好きなだけ食べれたこと、そうさせてくれたこと。
そんな親には、本当に感謝と尊敬しかない。


当たり前だと思っていたこと、そう思って深く振り返ることも少なかったことに、気づくことができた。

昨晩は、久しぶりの回転寿司を食べながら、そんな想いを噛み締めていた。

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