同じ星の下に生まれる

「同じ星の下に生まれる」という言葉がある。

意味するのは、「同じ運命や境遇を持つこと」。
なんだかとても美しい表現に感じるが、一方で、本当に「同じ星の下に生まれている人」は何人いるのだろうか。
いや、本当にそんな人なんて存在するのだろうか。

僕たちが住むこの天の川銀河には、約2,000億個の星が存在するらしい。
比喩ではあるが、果たして、同じ星の下に生まれる人など存在するのであろうか。


考えてみて欲しい。
僕たちは生まれ育った地域も家庭環境も交友関係も異なる。
もちろん、生まれ持った自分の性質だって異なる。
足が速い人もいれば、頭がいい人もいる。
話すのが得意な人もいれば、静かに自分の中で思考することが得意な人もいる。

みんな、無数の性質の掛け算で形作られた唯一無二の存在だ。
そんな僕たちが、同じ星の下に生まれることはできない。
80億人の人がいれば、80億人がそれぞれ自分の星の下に生まれる。
僕たちは、僕たちだけの輝きを持っているのだ。



どうしてだろうか。
僕たちはなぜか、もともと全く違う星の下に生まれている僕たち自身を、画一化された指標に無理やり当てはめ、比較しようとする。

「優秀」ってなんだろう
「すごい」ってなんだろう
何が「劣っている」のだろう
何が「欠落している」のだろう

なぜ、あなたと僕で、あの人とこの人で、比較をしなくてはいけないのだろう。
なぜ、比較をしてしまうのだろう。

本当は全く違う星の下に生まれている、比較のしようもない、する必要もない僕たちを、僕たちは比較してしまう。
そうして、あの子はダメだとか、自分は劣っているとか、そんな決めつけの判断を行い、自分を別の星の規則に照らし合わせて矯正しようとする。


違うだろう。
あなたにはあなたの星の、僕には僕の星の輝きがあるはずだ。
忘れないで欲しい。
どうか大切にして欲しい。
どうか、どうか大切にしていきたい。忘れないでいたい。


僕たちには、僕たちだけの輝き方があり、そこに優劣も比較の必要もない。
ただ、それぞれの輝きが美しい。
同じ星の下になんて生まれることはできない。
世界は、そんな唯一無二の無数の光に溢れている。
だからこそ、この世界は美しいのだ。

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