今、世界はどこに落下しているのか。

「世界は落下している」
これは、僕の古巣でもある株式会社リクルートホールディングクス CEOである出木場久征さんの言葉。
当時、リクルートで働いていた須藤憲司さんの以下のブログに、この言葉にまつわる逸話が描かれている。

sudoken Blog
世界は落下している - sudoken Blog もう5年くらい前、 リクルートでGM(ゼネラルマネージャー)になって半年くらいした時の話。 組織が変わり、全ての商品企画組織を担当することになった。 別の商品のチー...

この言葉を初めて聞いた、という人はぜひ読んでみて欲しい。
端的にいうと、この世界はある方向に向かって「落下」していて、それは止めようがないということ、
その落下は、誰かが阻もうとすることもあるけれど止めることはできず、最終的には世界はその落下先の形へと確実に変化していくことが説かれている。

これは本当にその通りだと思う。
例えばWindows95が発売されたその瞬間に、世界は「インターネットが民主化された世界」へと落下し始めた。
iPhoneが登場した瞬間には、「一人一台のスマホが当たり前」という方向に落下し始めた。
これはさらにはるか昔のことを考えても同じで、地動説というアイディアが出た瞬間に、当時の教会がどう阻もうと地動説の完成に向けて世界は落ち始め、その世界を現実にした。

世界は落下していて、それを止めることはできない。
そんな落下はもちろん、今この瞬間も起こっている。

そこで今回は、今、世界はどこに落下しているのか?という問いについて個人的な意見を書いてみる。
あくまで個人的な意見なので、ここに書いたことが正解だとか絶対とかではないが、僕はこう思っているという世界の落下方向について考えてみたい。

目次

落下方向1:AI(知的生産革命)

落下方向の一つ目は、AI(知的生産革命)。
これは2025年現在で最もわかりやすい世界の落下方向の一つだ。
世界はAIによって明らかに大きく変化している。

このAIによる世界の落下が社会全体のレベルで明らかになったのは2022年の暮れ頃だったと思う。
画像生成系のAI(Stable Diffusion, Midjourney etc.)が発表され、世界中で「生成AI」というワードが一気に広まった。その後、年明けにはOpenAIのChatGPTが発表され、さらに激震。そこから今日までのここ数年間、世界はAIの熱に席巻され、AI自身は過去に類を見ない勢いで進化し続けている。

AIを毎日使っている人にとっては既に周知の事実だが、AIによって、一人の人間ができる仕事量はとんでもない比率で爆増した。2, 3倍なんてものではなく、5〜10倍は当たり前、下手をしたら100人分の仕事をたった1人で行っています、という人もいるかもしれない。

つまり、これまで人間の労働力に頼っていたあらゆるものが一気に効率化され、社会構造自体が変化している。言い換えれば、「知的生産革命」が起こっている。

この落下は止まることなく、またもちろん逆行することはなく、進み続ける。
数年後には、今まで何百人で行っていた仕事を、一人の人間とAIだけで容易に遂行できてしまうようになるかもしれない。

ただ、このAIによる世界の落下で気をつけておくべきことがある。それは、この変化に翻弄されないということだ。
AIの能力があまりにも凄まじいために、その能力や技術だけに焦点を当てて、AIGA巻き起こしている現象に翻弄されている人が少なくない。
日々出るAIの技術に驚き続けたり、AI関連の刺激的な文言でSNS上でPVを稼いだり、逆にAIによる脅威をただ恐れている人なんかが典型的だ。

大事なのは、AIに翻弄されることではなく、AIをどう使うか、それを使って何ができるのかを考え活用することだ。
より噛み砕いていうと、AIが当たり前になった世界では何が起きるのか、今存在しているどのような問題や社会の行き詰まり、人間の限界を越えることができるのか、今の社会構造をどのように変革できるのか、といった課題に対してAIを前提に考えることだ。
現象ではなく、その現象の背景にある本質を見抜き、どのような未来を作ることができるのか?という点まで思考して世界を作っていく必要がある。

落下方向2:人口減少

落下方向2つ目は、人口減少。

日本が人口減少に直面していることは、もはや周知の事実だ。ただ、実は、世界中が、人類全体が人口減少という方向に向かって落下しているというのがより正しい解釈になる。

「何をいっているんだ、世界の人口は毎年増えているんだ。」と思うかもしれない。
まあまあ、焦らずよく聞いてほしい。
確かに世界の人口は年々増え続けている。インドやアフリカでとにかくすごい勢いで人口が増えているというイメージも間違っていない。
このままいけば現時点で約80億人と言われている世界の人口は、2050年には100億人に到達すると言われている。

「ほらやっぱり、人口減少なんて嘘じゃないか。」と思うかもしれない。
いや、違う、実はここからが重要だ。

国連広報センターによると世界の人口は増え続けていく一方で、2080年代半ばには約103億人でピークに達し、 その後、今世紀末までに約102億人になると推計されている。
つまりより長いスパンで見れば、今世紀中にも人類は減少傾向に入るということだ。

なかなかしぶとい君は、
「2080年ってめちゃくちゃ先じゃん!」と思ったかもしれない。
確かに、かなり先の話に聞こえる。きっとその頃には僕も君も立派な老害になっているだろう。

ただ、少し視野を広げてほしい。
以下は、国連人口基金が公開している「世界人口の推移」に関するグラフだ。

世界人口の推移 2024


このグラフから分かる通り、人類は誕生以来、極めて長い間安定した人口を維持してきた。
それが産業革命以降急激に人口増加に転じ、たった300年ほどでとんでもない比率の拡大を行った。
この短期間で急激に増加してきた人口が、なんとまだ僕たちが生きている可能性のある時期に、次は減少傾向に転じるというのだ。
人類史上、極めて重要な局面であることは間違いない。

僕たちは、この人口減少の先には何が待っているのか、をしっかり認識しておく必要がある。
なぜならそれは、この重要な局面に偶然生きている僕たちが持つ「責任」だからだ。

おそらく最も重要になるのは、これまでの人口を前提とした社会インフラは維持できなくなるということ。そしてその前提で社会インフラ、社会構造を抜本的に刷新する必要があるということだ。
なぜ産業革命以降急激に人口が増加したのか。それは人々が豊かになったこと、そのために医療においても技術革新が起こり乳幼児死亡率が低下し、平均寿命が大幅に伸びたことが紛れもない要因だ。
一方で、急激に成長する社会を作り、維持していくために、多くの人手(生産年齢人口)が必要だったことも要因の一つだと考えられる。

つまり、今の社会は十分な労働力が提供される前提で成り立っている。
逆にいうとこの労働力が供給されなくなった瞬間に、この社会は至るところで麻痺とバグを起こしてしまう。
その事実を理解し、先に手を打っておくことが極めて重要であり、それが今のこの時代を生きる僕たちの責任だ。

そしてもう一つ重要なことは、この人口減少と社会構造の変革の必要性は、部分的にすでに起こり始めているということだ。
そう、それが僕たちが生きる日本だ。
日本は世界でも非常に早い段階で、かつ急激な人口減少を経験している国、つまり人口減少の先進国だ。

だからこそ、我々が今この人口減少社会への適応の解を導き出し、今後訪れる世界の人口減少に対して解を提示する必要がある。
なぜなら世界は間違いなく、この人口減少という方向に向かって落ち続けているからだ。

そしてその解を導き出すにあたって、先ほどのAIを活用することはMustになってくるはずだ。
AIを脅威と捉える風潮もあるが、そうではない。この人口減少社会において人間と火にならない生産性を弾き出せるAIはむしろ奇跡であり希望だ。

よくよくデータを見てみればすでにその傾向は現れている。

インドの合計特殊出生率を見てみる。
これまで世界一位の人口を誇ってきた中国を2024年に抜きさり、世界の一の人口を抱えるインドだが、実は合計特殊出生率は見ての通り極めて著しく低下してる。
2000年代初頭には、3を上回っていたが、2023年時点でなんと2を割り1.98というデータになっている。
2024年、日本の人口も前年比で55万人減少した。
世界は間違いなく、落ちている。

落下方向3:サステナブル

最後の落下方向が、サステナブル。

今の時代において、全世界が同時に直面しており、絶対に無視できない流れが「サステナブル」だ。日本語では「持続可能」という言葉の方が有名かもしれない。

古くはMDGsに始まり、現在2030年を一つのマイルストーンとしているSDGsに至っては、今やその名を聞いたことがない人は存在しないだろう。

特に日本に至ってはユーグレナ創業者の出雲充さんの考えが極めて興味深い。出雲さんは著書の中で以下のような考えを表明されている。

「ミレニアル世代以降の人々が生産年齢人口の過半数を占める二〇二五年を堺に、これまでの資本主義的価値観からサステナビリティ的価値観に主流が大きく変わり、持続可能な社会へと世界が大きく変化すると予想しています。」

サステナブルビジネス「持続可能性」で判断し、行動する社会へ, 出雲充

この2025年がついに今年だ。
今年、急に世の中の主流が大きかわるのかと言えばそんな急激な変化にはならないと個人的には思う。ただ、間違いなく今後ますますこの「サステナブル」に対する世の中の意識は勢いよく拡大し、この概念を抜きに世界を考えることはできなくなる。
これは疑いようもない事実であり、逆行できない、まさに世界が落ちていっている方向の一つだ。


最もわかりやすい例は電気自動車を開発、販売するテスラだ。
2020年7月1日、世界に激震が走った。
これまで世界の自動車産業のトップを牛耳ってきた日系の自動車関連会社。
その筆頭である、トヨタ自動車の時価総額を、テスラが稲妻のような勢いで追い抜いた。

ただ興味深いのは、時価総額ではこトヨタ自動車を抜き去ったテスラだが、売上高で比較すると、トヨタ自動車の1/3ほどしかない。
一体何が起きているのか。
これは、今の世の中がトヨタ自動車ではなくテスラに期待しているということだ。
今回の文脈に沿って言い換えるならば、トヨタ自動車が主軸とするガソリン車ではなく、テスラが主軸とする電気自動車の方向に向かって「世界が落ちている」ということだ。

自動車業界とか、時価総額とかちょっと馴染みが少ないものを取り上げてしまったが、このサステナブルへの落下は僕たちの身近なところでも発生している。

例えば、みんな大好きユニクロは、服の素材にリサイクル素材が何%使用されているかを明記するようになった。
さらに、2025年4月11日に放送されたテレ東の「ガイアの夜明け」では、ユニクロが現在取り組んでいる「古着プロジェクト」が特集された。

UNIQLO 古着プロジェクト by RE.UN...
UNIQLO 古着プロジェクト by RE.UNIQLO | 服のチカラを、社会のチカラに。 UNIQLO Sustainability 服をもっと長く、もっと自由に。服をできる限り長く着て、最後は捨てずにリサイクルする。RE.UNIQLOが目指す循環型社会への取り組みのひとつが「古着の販売」です。

皆さんの記憶にも新しいものでは、当時環境相だった小泉進次郎さんが主導した「レジ袋の有料化」ものその一つ。なんだかんだ文句を言いながらも、今では買い物に行く時はマイバッグを持っていくのが習慣になった人も少なくないはずだ。

このようにあらゆる場所で世界はサステナブルに向かって落下している。
そして、これまでの落下と同様、このサステナブルへの落下にはも抗うことはできない。
さらに言うと、抗おうとし続けたものは容赦なく破滅していくことになる。
世界中がサステナブル意識を高めている中で、環境破壊の塊のような商品を売ったらその会社がどうなるか、想像に難くない。

そしてこの転換点となるタイミングが、出雲さんの主張通り2025年になるのか、それはまだ誰にもわからない。
ただ、その時がいつであれ、世界はそこに向かって落ちていることは、やはり疑いようがない。

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